第一話 旧い名前と稚い記憶

弊社は、吉祥寺をはじめ個性豊かな街が続く中央線沿線にあって、最もヒナびた駅と言われる東小金井(略称:ひがこ。吉祥寺から3駅10分)の中央線高架下のシェアオフィスにてスタートアップしている。本コラムでは、そんな「ひがこのかんていし」として、自身の経験と日々の様々な所感を発信してみたい。

さて、ご挨拶で述べた通り社名の「カネヤマ」は私の生家の屋号である。その生家は新潟の田舎にあって、見渡せば「森」と「山」とばかり。なので我が家も苗字ではなく屋号で呼ばれるのが至極当たり前。個人情報保護もマンナンバーもナイ時代、そんな小さなまちで私は「カネヤマの次男坊」として皆に認識されていた。

家業は寝具店と言えば聞声は良いが、実際には「綿の打ち直し」という今やほぼ絶滅した商売を営んでいた。幼い頃は父の運転する軽トラで集荷やら配達を手伝った記憶がある。その道すがら山の麓にクルマを停め、年違いの兄と二人、子ザルのように斜面を駆け昇っては、春なら山菜、秋にはキノコを採ったり狩ったりしたものだった(勿論、コンプライアンスも無い時代)。

そんな商売は父の代で途絶え、私が18でトビ出した生家も兄が畳んで既に無い。

そんな兄に、私が開業するにあたり屋号を使うことを申し出たところ、快諾してもらった。感謝の一言だが、私の商売も不動産鑑定士という絶滅危惧業種。旧い名前は稚い記憶と共にいずれ失われるものと覚悟のうえではある。

左の画像は田舎で開かれる盆踊りの様子である。迎え送る念仏踊りが三晩続く。今もその笛の音色と太鼓の響きは耳の奥に懐かしくのこっている。

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