第二話 バブル崩壊の足音

私は、昭和の時代に大学を卒業し、「丸の内の大家」と呼ばれる不動産デベロッパーに入社した。当時は1985年のプラザ合意に端を発した過剰流動性(カネ余り)によるバブル景気の真っ只中で、ジャパニーズビジネスマンたちは、学生時代にリンゴをかじっていたサブロウと同様に「24時間戦えますか」とばかり世界を飛び回り、その他大勢もジュンジのように「5時から男」として銀座赤坂六本木界隈で、それぞれに皆活躍していた。

さすがに昭和天皇ご崩御の前後では「みなさーん、お元気ですか」というわけにはいかなかったものの、その後は再び各地で殷賑を極める日々夜夜が戻り、 「土地神話」を信奉する不動産業界もその右肩上がりの大波に乗っていた。

さて、左の画像はその当時の職場周辺の様子である。

この時分、「テナント営業をするのではなく、テナントの要望を断るのが営業の仕事」とも言われていた。




しかし今となってはであるが、この画像が右に掲げるアノ有名な 絵画の構図と重なって見えてしまうのは、私だけであろうか。

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